十二の遍歴の物語

DOCE CUENTOS PEREGRINOS (十二の遍歴の物語)
/ Gabriel Garci’a Ma’rquez (ガブリエル・ガルシア=マルケス)
/旦 敬介 訳
新潮社

この短篇集には前置きとして一つ、短い章が設けられている。十二の短編小説のなりたちをマルケス自身が説明したものだが、物語作家としての感が強い作家だけに自身の声として読めるものはめずらしい。

この章には彼の短編小説作成法らしきものが、ほんの少し見てとることができる。幻想的な文の中にあるリアリティが、彼のどこから生まれているのかが分かるような気もする。そして、短編一つにも多大なエネルギーと時間を費やしていて、アイデアの豊かさ、スピード。発表された作品を見る限り、自由奔放に次から次へ振り返ることなく書き続けていたのだろうと推測していたのだが(もちろん、それらは破綻することなく文章の構成としても練られているのだが)実際の作文における彼の姿勢が、これほど真摯でストイックな面を持ち、快楽の中で執筆していることに驚いた。

冒頭に

大きくなったら作家になりたいと思っている子供たちに、ものを書くという中毒がどれほど貪欲かつ仮借ないものであるか今のうちから知らせておくのも悪くはないだろう。

とあるのだが、これは私をホッとさせてくれた。というのも、以前大学で作品を制作していたとき、同じような感覚に襲われるのが度々あったからで。その頃は自分の作品を周りのいろいろな人達に見てもらうのが仕事のようなもので、学生とは言ってもモノを作る現場ではプロも素人もなく。気分だけはプロ意識でいた。若いゆえの未熟な部分や落度はあるものの、若さゆえの新鮮な冒険やアイデアでも良いものは良いのである。
そして、モノを作ることに快楽を得て中毒になることを覚える。他所から見れば「そんなに熱中できるなんて素敵」といった見方で見られることもある、確かにこれはモノを作る人間冥利に尽きるものだ。しかし、これはもはや中毒なのだ。マルケスが言うように「どれほど貪欲かつ仮借ない」ー中毒、プロに近づくほど毒性は強くなると思うが、この毒が何を冒すのか、それは自分そのものではないかと僕は考える。

最初は自分の時間、次に利益、精神と次第に冒されながら最後に自分自身を排除しうるもの ーそして作品を生むことができるとは考えられないだろうか。この本の冒頭文を読んでマルケスがいかに作品のために中毒になっているか、欲しているか、切り捨てているか。多少なりとも姿勢が見えてくる。そういった意味で、この短篇集を薦めたい。

私も、文章を少し書き始めているのだけど、そういったものを書く気持ちを励ましてくれた本である。将来文章を書いてみたいと思う若い人に是非、冒頭の数ページだけでも読んでほしい本でもある。
そしてもう一つ。小さなメモが積り積って幾つもの筋書きを作りだし、さらに不要なものを消し新しいものをつけ加えて文章を書く準備をする。その過程も冒頭に記されている。これもモノ書きの重要な「作業」であることを示してくれている。この作業がモノ書きが快楽の中毒になるためのたった一つの「仕事」ではないのだろうかと、そう思いこれから本編を読むところである。


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